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大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)116号 判決

原告

甲一郎

右訴訟代理人弁護士

本渡諒一

鎌田邦彦

外川裕

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

下村眞美

外七名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が日本国籍を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同じ。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二五年一月一一日、日本人である母甲野花子の婚外子として出生した(国籍法(昭和二五年五月四日法律第一四七号による改正前のもの。以下「旧々国籍法」という。)三条)。

2  よって、原告は、これを争う被告に対し、原告が日本国籍を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  原告の血縁上の父は、韓国籍を有する乙次男(以下「次男」という。)である。

2  次男は、昭和二五年四月一九日、千葉県千葉郡更科村長に対し、父として原告の出生の届出をし、同村戸籍事務管掌者は、これを受理した。

3  次男が右の出生の届出をしたことにより、次男が原告を認知する旨の届出をしたと同様の効力が生じる。

4  当時、朝鮮と内地とは異法地域の関係にあり、施行されていた共通法三条一項には、「一の地域の法令に依り其の地域の家に入る者は他の地域の家を去る。」、同条二項には「一の地域の法令に依り家を去ることを得ざる者は他の地域の家に入ることを得ず」と規定されていた。右規定及び当時の旧々国籍法二三条、大韓民国国籍法(昭和三七年法律第一一八〇号による改正前のもの。)三条二号を異法地域間に類推すると、当時、朝鮮戸籍上の地位にあった者(外地人)が旧戸籍法(大正三年三月三一日法律第二六号)による戸籍(内地戸籍)上の地位にあった者(内地人)を認知して両者の間に父子関係が生じた場合には、被認知者は、内地戸籍上の地位を喪失し、朝鮮戸籍上の地位を取得する旨の法理があった。

原告は、当時の右法理によって、内地戸籍上の地位を喪失し、朝鮮戸籍上の地位を取得した。

5  日本との平和条約(サンフランシスコ平和条約、以下「平和条約」という。)が、昭和二七年四月二八日発効し、これにより、日本は、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄するとともに、朝鮮に属すべき人に対する主権をも放棄した。したがって、朝鮮に属すべき人、すなわち、朝鮮戸籍上の地位にあった原告は、日本の国籍を喪失した。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。被告主張の出生の届書は、母の欄に花子とは別人が記載された架空のものであり、そもそも、このような出生の届出を原告の出生の届出ということはできない。また、右出生の届書は、次男の意思によらず提出されたものである。右の届書(乙一)は、何者かが、次男に子どもが出来たと聞いて、在日朝鮮人総連で預かっていた印章を使用して右届書を作成し、提出したものではないかと推測される。

3  同3及び4の主張は争う。仮に被告主張の出生の届書による届出が原告の出生の届出と認められたとしても、これをもって、原告を認知する旨の届出があったのと同一の効力を有するものと解することはできない。のみならず、仮に次男が原告の出生の届出をし、右の届出に認知の届出をしたのと同様の効力が認められるとしても、共通法三条は「家」制度を前提とするものであって、昭和二二年五月三日施行の日本国憲法二四条や、同日施行の応急措置法三条(旧民法の「戸主、家族その他家に関する規定は適用しない。」と定められた。)の規定によれば、右の出生の届出が受理された昭和二五年四月一九日当時、共通法三条を適用することは公序良俗に反する。したがって、原告が朝鮮戸籍に入籍されたり、内地戸籍から除籍されたりすることはなく、したがって、原告は、平和条約の発効により日本国籍を喪失することもない。

理由

一  請求原因1の事実及び被告の主張1の事実は当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実に、証拠(甲二ないし六、乙一ないし七、証人甲野花子の証言、ただし、後記認定に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  花子は、大正一五年一一月一五日愛媛県北宇和郡下灘村(現在の津島町)で出生した日本人であり、同月一七日父がした出生の届出により、以来、当時の内地戸籍に入籍されていた。現在の本籍は、大阪府東大阪市〈住所省略〉であり、昭和五〇年一月二一日の転籍前のそれは愛媛県北宇和郡〈住所省略〉である。

2  次男(大正六年八月九日生、現在の国籍は韓国)は、朝鮮において出生した朝鮮戸籍上の地位を有していた者であり、七歳のころから大阪で居住するようになった。

3  花子と次男は、昭和二一年九月ころから内縁の夫婦として同居して暮らすようになった。

4  花子は、昭和二三年三月一九日、大阪府布施市〈住所省略〉において、次男との間の子太郎を出産した。同人の出生の届出は、その後長らくされないままであったが、花子が、昭和四九年一月五日これを行った。

5  次男と花子は、昭和二三年秋ころ、太郎の小児喘息の療養のため、千葉県千葉郡更科村に転居し、次男は、姉の嫁ぎ先の古紙回収業の仕事を手伝うようになった。

6  花子は、昭和二五年一月一一日、千葉県千葉郡更科村富田で次男との間の子である原告を出産した。そして、次男は、同年四月一九日、同村村長増田増蔵に対し、届出人の資格を父とし、出生地を同村〈住所省略〉、父は次男母は「乙花子」(一九二五年一一月一四日生、出生地朝鮮)で、原告が右両名の嫡出子として昭和二五年一月一一日生まれた旨の出生の届出(以下「本件届出」という。)をし、同村において受理された。右の届書(乙一)には、原告が次男と乙花子の「嫡出子」であり、母の名前、生年月日、国籍、本籍について、それぞれ「乙花子」、「一九二五年一一月一四日」、「朝鮮」、「済州島涯月面光令里二六七六」と記載され、また、結婚式の年月日、父の職業について、それぞれ「昭和二一年三月一一日」、「パン製造業」と記載されていた。

7  花子は、その後、昭和三二年一月一日、大阪市生野区〈住所省略〉において次男との間の子夏代を出産し、次男は、同月七日、同居者の資格で夏代の出生の届出をした。

8  次男と花子は、昭和四一年二月一七日、大阪府布施市長に婚姻の届出をして夫婦となった。

9  ところで、花子は、誤って、「乙花子」の名で、昭和二五年一月一九日以降、旧外国人登録令(昭和二二年五月二日勅令第二〇七号、以下「旧登録令」という。)に基づく外国人登録がされており、昭和二五年四月一九日当時の「乙花子」の名の外国人登録簿には、生年月日「一九二五年一一月一四日」、世帯主の氏名及び続柄「乙次男(妻)」、移住地「更級村〈住所省略〉」と記載されていた。その後、昭和四一年五月二一日、外国人登録における「乙花子」は花子であることが判明したことにより、外国人登録の無効措置がとられた。

10  なお、昭和二五年四月一九日、前記のとおり、本件届出は、母の名を「乙花子」として原告が次男とその妻「乙花子」の嫡出子としてされたため、原告は、昭和四一年五月二一日に至るまでは、次男と「乙花子」の嫡出子として、旧登録令及びその後の外国人登録法(昭和二七年法律第一二五号)による外国人登録がされていた。

現在では、原告は、韓国の国籍を有する外国人として外国人登録がされ、特別永住者の資格で在留する者とされており(甲四)、太郎及び夏代は、いずれも日本国籍を有する者として、戸籍上記載されている。

三  原告は、本件届出は、次男がしたものではなく、それに記載された「乙花子」も花子と別人であると主張し、証人甲野花子の証言及び甲八(陳述書)中には、次男が原告の出生の届出をしたことはないとの部分がある。

しかしながら、右の証言や陳述書の内容は、前記二掲記のその余の各証拠に照らして採用できず、むしろ、右各証拠によれば、前記二6のとおり、次男が、その意思に基づいて、父として原告の出生の届出をしたことが認められる。

四  ところで、明治四三年公布の「韓国併合に関する条約」により、朝鮮は日本の領土となり、朝鮮人はすべて日本国籍を取得した。朝鮮は、以来、台湾等と同様、外地として旧来の日本(内地)の法律がそのまま適用されるわけではない異法地域となり、また、戸籍についても、朝鮮人は、当時の戸籍法に基づく内地戸籍とは別の朝鮮戸籍令(大正一一年一二月一八日朝鮮総督府令第一五四号)に基づく朝鮮戸籍に編入され、内地戸籍上の地位を有する者と厳格に区別されていた。本件届出がされた昭和二五年四月一九日当時も、日本国憲法は昭和二二年五月三日から既に施行されていたものの、平和条約の発効前であって、わが国は未だ朝鮮の領土主権、対人主権を放棄しておらず、依然として、朝鮮は日本国内の異法地域として存し、日本人の中に朝鮮戸籍上の地位を有する者と内地戸籍上の地位を有する者とがあり、異法地域間の法令の抵触等を整序する目的で制定された共通法も存続していた。そして、日本国籍を有する者が朝鮮戸籍に編入されるべきか、それとも内地戸籍に編入されるべきかを決する基準(国籍の得喪に準ずる要件)については、昭和二三年一二月二〇日に大韓民国国籍法が施行されるまでは、共通法三条一項において「一の地域の法令によりその地域の家に入る者は他の地域の家を去る」と規定され、一の地域の法令上入家という家族法上の効果が発生した場合は、他の地域においてもその効果を承認して去家の原因とすることが定められていたので、右の規定等に従って決せられる関係にあった。しかし、右の大韓民国国籍法施行後においては、同法三条二号において、「外国人であって、次の各号の一に該当する者は、大韓民国の国籍を取得する。」「二 大韓民国の国民である父または母が認知した者」と規定されていること、他方、既に施行されていた当時の旧々国籍法二三条本文において「日本人タル子カ認知ニ因リテ外国ノ国籍ヲ取得シタルトキハ日本ノ国籍ヲ失フ」と規定されていたことから、これらの法律の各規定を異法地域間である当時の日本(内地)と朝鮮の関係の下において類推して、朝鮮戸籍上の地位を有する父親が内地戸籍上の地位を有していた子を認知した場合には、その子は、朝鮮戸籍上の地位を取得するとともに、内地戸籍上の地位を喪失するものと解するのが相当である。

また、朝鮮戸籍上の地位を有する者が、その者と血縁上の父子関係にある内地戸籍上の地位を有する子の出生の届出を父の資格でした場合には、母の記載につき事実に反するところがあっても、共通法二条二項、平成元年法律第二七号による改正前の法例八条二項、民法によれば、右の届出には、その者が出生した子の父親であることを承認し、その旨を申告する意思の表示が含まれているから、当該子の認知の届出があったと同様の効果が生ずると解すべきである(最二小判昭和五三年二月二四日・民集三二巻一号一一〇頁参照)。

五  前記四の判断に従って、本件について検討すると、次のとおりである。前記二の認定した事実関係の下においては、原告は、出生により内地戸籍上の地位を有していたところ(旧々国籍法三条)、次男の本件届出により、朝鮮戸籍上の地位を取得するとともに、内地戸籍上の地位を喪失したことになる。そして、昭和二七年四月二八日の平和条約の発効により、日本が朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄し、朝鮮に属すべき人に対する主権をも放棄したことによって、朝鮮戸籍上の地位を有していた原告は日本の国籍を喪失したことになるというべきである(最大判昭和三六年四月五日・民集一五巻四号六五七頁参照)。

六  原告は、本件届出によって内地戸籍上の地位を喪失する法的根拠が「朝鮮人男子がその庶子を認知し、親子関係を生ずれば、その庶子は、戸主の同意を要せず、直ちに父の家に入籍する。」という朝鮮慣習法(朝鮮民事令により朝鮮人の親族、相続に関することは慣習によるものとされていた。)や「一の地域の法令によりその地域の家に入る者は他の地域の家を去る。」という共通法三条一項の前記の規定にあることを前提にして、これらの規定は「家」制度を前提とするものであるところ、すでに施行されていた日本国憲法や応急措置法の規定によれば、朝鮮慣習法や共通法の右各規定を適用することは、公序良俗に反し許されないと主張する。

しかし、前判示のとおり、本件届出がされた当時、原告が、朝鮮戸籍上の地位を取得するとともに内地戸籍上の地位を喪失する法的根拠は、朝鮮慣習法や共通法の右各規定に基づくものではないから、原告の主張は、その前提において失当であり、採用することはできない。

七  以上のとおりであり、原告は日本国籍を有しないから、原告の本件請求は理由がない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官八木良一 裁判官北川和郎 裁判官和田典子)

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